コウドウをカタチに

考えるだけではなく行動するために

なぜ、「いじめ」をするのか

少し前の記事ですが、こういった記事を目にするたびに、なぜいじめをするのだろうかと考える。

www.sankei.com

しかし、ふと自身の小学生の時とかを振り返ると自分もいじめに参加していたように思える。
その時の心理は、「いじめているという自覚がない」という状況だと思う。
後から思えば、もしくは人の行為を見て、冷静になった段階で「いじめ」だなと自覚することができたように思える。

 客観視することができれば、いじめの自覚が出るとは思うが、
そこに気づいたとしても人格的にダメな人には、何も影響はない。


 私自身の昔の上司も人間のクズだったので、
必ず自分が攻撃しやすい人を作り、ストレス発散していた。

そういった人たちを守るにはどうしたらよいか?
自分自身のケースだと、入社当初などは、やはり何も抵抗・反抗できないので、何もできなかった。

 

ただ時間の経過とともに他の有力者に自分の実力を評価してもらえるようになり、周りの目を上司からの報告ではなく、自分自身へ向けてもらうことで、上司の無能さを少しは認識してもらうこともでき、自分自身の発言力や影響力も強くなったという経験もあります。

でも、みんながみんな耐えれる耐性は、異なるし受け入れれるキャパシティも異なる。
そんな時は、思い切って「逃げる」という選択も必要だと思う。

ただ「逃げる」「辞める」のは、とても力を使うので、なかなか難しい。
また言葉からマイナスなイメージと受け取ってしまいがちなので、家族や友人にも相談しづらいケースもあります。
そんな時は、孫子の兵法三十六計「走為上(逃げるが勝ち)」と考えれば、少し勇気が出るかもしれません。

どんな理由だろうと「次へ」という前へ向く気持ちで辞める(逃げる)ことが大事だと思います。


個人的な見解ですが
「逃げる」はマイナスではない。
と思っています。

一時避難して、
敵と戦える準備をするための
とても必要な勇気ある行動です。