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至学館・谷岡学長の会見にみる「問題を受け止めること」の重要性

伊調馨さんをめぐる至学館大学・谷岡学長の会見が物議をかもしています。
学長というリーダーシップを求められる方が今回招いた混乱について会見をみた自身の違和感をまとめてみました。

違和感1:怒っていることを前面に出す必要性があったのだろうか?

その感情を言葉にすることで、聞く側としては、この人は冷静にものが見えているのだろうかと疑問を走らせる結果になっているように感じます。
そう見えることで感情論、つまり知的に冷静に対処できていないという見方をされてもしかたない話しぶりでした。
このような攻撃的な会見を行うことで何を得ようとしたのか全く意味不明でした。

違和感2:部下や選手に対する配慮や敬意の無さ

聞いていて一番違和感を覚えるのは人へ対する配慮や敬意が無いことに対してでした。
まず下記の栄氏へ対する表現にその感覚は表れているように感じます。

パワーのない人間によるパワハラが一体どういうものであるか、私には分かりません

という点については、「栄氏は、学長にとってはパワーはないでしょうが・・・」と感じるところもある。
選手にとってはパワーがあったという可能性を調査することはなく、自身の感情論で語っているように見えた点は見方を作りづらい論調になっていると感じました。
オリンピックで連覇するような選手は全身全霊をかけて、感覚も研ぎ澄まして戦ってきているのだと思います。
一番の被害者は、今も人生を賭けて戦っている選手たちではないかと考えるとこういった会見を行うことでの迷惑は甚だしいと感じます。

 
全体的に感情に流されて、学長たるものの言葉としては、表現が稚拙な気がしました。

 

的確な調査結果に基づいた会見ではなかったという点もありますが、とても味方の作りにくい会見になってしまい、選手や本人との意見交換や調査などの結果の上での会見ではない感じだったので、若干感情的になり先走った感はとても伝わった会見でした。 

 

冷静さを失い感情的になった段階で、戦いは負ける可能性が高くなると思います。
それはレスリングなどのスポーツの世界でも同じではないでしょうか。

 特に今回のように1対1の問題ではないのであれば、リーダーとして問題を真摯に受け止め、自分勝手に解決に走らないことが必要ではないだろうか。
その判断が的確であれば、素早い問題解決が可能だが、適切でない場合は逆に取り返しがつかないほど自体が混乱する可能性が出てしまう。

 

文章だけでなく映像も残りネットに情報がさらされて誰でも考えをコメントできる時代で、特に公の場で、口に出す際には、その前に発信した結果を考えるという事がとても重要な時代だと思います。

 

◎参考ニュース

全文表示 | 谷岡郁子・至学館大学長のド迫力会見 「伊調馨さんは選手なんですか?」 : J-CASTニュース