コウドウをカタチに

考えるだけではなく行動するために

電通の中の人が感じる違和感が違和感。

タイトルが間違っているように見えますが、そのままで、記事の文章内の電通の社員の言葉に違和感を感じました。

headlines.yahoo.co.jp

一番変化が激しい業界である広告業界が何十年も前の古い鉄則に縛らているように見える。

鬼十則」の「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」という言葉は、極端ではあるが仕事への取り組み方として考えると表現は極端だが最後まで取り組む姿勢を思わせるので、とらえ方によっては良いとは思うが、その解釈を間違えると「なんでもやる」というバカな考えになるのではないだろうか。

 そうしていくうちに依頼先の企業も「前もギリギリでやってくれたから・・・」など考えが甘くなり、スケジュールがギリギリなことが常態化することになり、実際に手を動かす人たち大変になる。

企業が大きくなると当たり前ではないことが、
狭い世界で当たり前になり、感覚も鈍る。
ダメな人間も大きな会社の盾によって、外に向けては、突然偉くなる。
変化を求めない人間が昔のやり方に固執して状態が悪化してくる。

できる人は一部なので、その人たちは変化を受けいれて、改善策を講じるのではないかと思うが、その人数は多くないので、なかなか大きな変革には至らないのではないか。

自分自身も会社の中で残業が常態化しているので、
電通が変化をすぐにするのが難しいことも理解はできる。
ただ1つだけ言えるのは、人によって許容量が違うという事を認識したうえで、
上司やリーダー、または経営陣の人たちは、仕事の取組み方を考えていく必要があるのではないだろうか。

誰かと比べる仕事ではなく、一定の基準があり、
その中でどれくらいできるのか、できないのかという判断基準なども必要だと感じます。

何だかニュースなどを見ると他人事のように聞こえますが、
テレビ局とかも同じじゃないかなと思う。
電通だけの問題ではないということを社会全体が認識して、大きな変化がない限りは、なかなかこの問題は解決しないのではないのではないだろうか。

何のために仕事をしているのか。
自分のためか、会社のためか、家族のためか。
人それぞれに想いもある。

ただ死に至るまで、頑張る必要はないことを自覚して、行動していきたいものです。