コウドウをカタチに

考えるだけではなく行動するために

佐野研二郎氏のエンブレム問題に意見する人たち

佐野研二郎さんのエンブレム問題は、これはこれで問題なんだと思うけど、
デザインに携わる人間としては、一歩間違えると同じ状況になりかねない恐さも感じた。

そんな中で以下のよう記事を見て少し違和感を感じたので思うことを書いてみたいと思います。

www.huffingtonpost.jp

とりあえず、この本質的な問題はおいておいて、記事のような茂木さんの指摘は、パッと見れば脳科学者らしいコメントなのかもしれない。
ただ、これがこの問題が発覚する前であれば、「なるほど、そういう意見もあるな」と思うけど、問題が発覚してから言うのは、「後出しじゃんけん」みたいで、ちょっと違和感を覚える。

「すべきだった」とかは、本人や関係者から出る言葉であれば、反省という気持ちの表れも感じるが、その場の状況を理解せずに「すべきだった」というのは、違和感を覚える。
多分、関係者は「何も知らないくせに勝手なこと言いやがって!」という気持ちになりそうである(苦笑)。

一般的な思考回路な自分の考えでは、及ばないものがあるのかもしれないが、
今回の記事のように後出しじゃんけんで批判して、「自分は立派な考えもってます」的なのは、
あまり良い方法ではないなぁと常々思います。

ちなみにデザイン的な意見について、これは完全に個人的な意見ですが、デザインの良し悪しは、今は「問題になっているのでダメなデザイン」となっているけど、これがこういった「問題がなければいいデザイン」になっていた可能性は十分にあると思う。
人のデザインに対する感覚は、その程度のものだと思う。各メディアが絶賛したり、誰か尊敬する人や認める人が良いと言えば良く見えるものかなと。
本当は、ひとつひとつに理由があったとしても。

問題を批判するのは簡単だし共感もされやすいので、ついついしてしまいがちですよね。。。

この問題は問題で「日本で開催される国をあげてのオリンピックで」という点で考えるとかんり大きな問題だと思う。
だけど、そこにコメントをする人たちも結果自分のデメリットになる可能性があるものを上げる必要はないんじゃないかなぁと違和感を感じたので書いてみました。
とはいえ、なんだか方向性が別の方へエスカレートしている気もしますが・・・
上げ足とりばかりに気を取られずに自分たちの有効な道を探して行動したいものです。